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人と人との関係で共に成長! 医療を新しいかたちに!

  • 医師名:宮里 好一(理事長・院長)
  • 所属科:精神科
  • 病院名:医療法人 タピック 宮里病院

地元の沖縄県で働く事を選択された理由を教えてください。

私は岡山大学医学部を卒業しまして、当時は今のような臨床研修制度はありませんでしたが、自分自身の考えで2年間、市中病院で内科全般、外科、麻酔科の研修をおこないました。
3年目からは、岡山大学医学部に戻り、精神神経科を専門として研修をおこなっていましたが、香川大学医学部の創設にあたり、岡山大学の教授より香川大学医学部の勤務を任命され赴任しました。香川大学医学部では教官を務めていましたが、いずれは故郷の沖縄に戻って働きたいと考えていました。
そんな中、琉球大学の教授からも声が掛かり、1985年に琉球大学医学部の病院が西原町に移転する開設時期に合わせて、医学部に移行する初代メンバーとして沖縄に戻ることを決めました。
県外で約12年間(1972年~1984年)経験を積み、故郷の沖縄で働くことになりました。

宮里病院を開院された経緯を教えてください。

沖縄では、琉球大学の医学部講師・病院総医局長として勤務していました。ところが、1989年に名護市の病院(現在の当院)が経営状況の問題等々で閉鎖状態になってしまい、琉球大学に病院立て直しの要請がありました。私自身、琉球大学で研究も絶頂期でありましたが、名護市の行政関係者や北部の医師会長より直接依頼を受けまして、休止していた名護市の民間病院を継承すること決意し、琉球大学を退職して、1990年3月に当院をオープンすることになりました。
沖縄に帰って来て、わずか5年後に当院を再建することになりましたが、要請を受けた当初は継承の決断に迷いました。しかし、名護市では唯一の精神科病院でしたので、人口が約4万人(※当時の人口)の街の精神科病院が突然ゼロになる訳ですから、行政や医師会はこの大変な問題に困っている状況でした。
さらに、琉大の難病問題研究会の顧問として医学生と一緒に沖縄の北部(やんばる)や離島などに診療に行くことがありましたが、沖縄の精神医療(特に神経疾患の診療)は立ち遅れており、離島では筋萎縮症の子供たちが診断されないまま放置されている状況に陥っていました。公務員生活から在野の医療に踏み出すことを決意した最大の理由は、沖縄県の行政関係者や医療界からの病院再建の強い要請があり、その上、沖縄県全体の医療は遅れていましたので、北部地区そして沖縄県の医療を底上げしたいといった強い気持ちがあったからです。
また、当院のあるこの場所は、自然豊かな名護市の高台に5,000坪の広い敷地があり、今では周りに他の建物ができましたが、海を見下ろせる素晴らしい景色に魅かれたのも理由の一つです。加えて、1年後には医師会病院が隣に開院する予定も聞いていましたので、決断に至りました。今では北部地区医師会病院ができて、子供の障害施設の名護療育園、特別養護老人ホームができ、医療福祉が充実した地域となりました。
私は、開業する意志は一切ありませんでしたし、故郷の沖縄に帰ってからもずっと公務員で研究者として琉球大学に骨を埋めると思っていましたので、琉球大学の近くに家も建てましたが、その家に住んだ翌月から名護市の当院に通うことになりました。笑
私自身が創業から作った病院ではありませんが、沖縄に戻って来て5年後に突然ここ当院を継承することになったのは、それらの経緯が決断させたと思います。
これまで、香川大学医学部の創業に関わり、日本で最後に開設された琉球大学医学部の創業に携わり、そして、当院を再建してきましたが、不思議なことに創業に携わることに縁があるのだと感じました。また、出身は沖縄市ですが、もともとは今帰仁村に先祖があり、北部には縁があったのだと思います。再建において、閉院して1年が経過していましたが、もともとの入院患者さんはおられましたし、職員は散らばっていましたが、待機している職員も半分ほどいましたので、面接後すぐに勤務できる状況に恵まれ、さらに、琉球大学から若手の医師や研修医が早速応援に駆けつけてくれましたので、非常に良いスタートで開院することができました。
大変なことも多々ありましたが、それを乗り越えて、ドラマチックでしたね。

宮里病院でおこなっている診療の特徴を教えてください。

診療の特徴は「総合的な精神医療」「認知症に対する総合的な医療」「高齢者医療(一般の高齢者医療)」の3本柱の医療をおこなっているのが特徴です。
私は、精神科の暗いイメージや特別な領域といった雰囲気を脱皮したい。また、これから認知症が激増することを念頭に置いて、開院当初より新しい領域の整備に取り組んできました。それで、開院当初から精神科単独病院ではなく「脳とこころのセンター」のコンセプトを掲げ、まずは、内科一般医療を充実させるため、継承時の病床数167床をすぐに一般病床72床を増床して239床にしました。そして、人間ドックではすぐに胃カメラを導入しました。単に精神科病院ではなく、一般の精神科診療に認知症や老年医学における分野の早期診断・治療・社会復帰に取り組み、さらに一般病床を設けて内科や整形外科の外来診療をおこない、一般の人間ドックに脳ドックなどメンタルな要素も入れたドックをおこなっています。また、回復期リハビリテーション病棟を開設し「こころのサポート」も併せた全人的な医療も提供しています。医師は、精神科、内科、整形外科、救急専門の常勤医師に、リハビリの非常勤医師が在籍しています。救急専門医が在籍しているのは、珍しいでしょう。開設当時から現在の姿を目指し歩んできましたので、個性的な病院になったと思いますね。全国の精神科病院では、珍しいのではないでしょうか。医療機器は、私は精神科医ですが、神経も専門ですので、早くからMRIとCTを導入しました。MRIを導入した当時は、県内の精神科病院で初めて導入した病院で、全国の精神科病院でも稀でした。また、北部の病院でも初めてで、沖縄の県立病院さえも導入されていませんでしたので、北部を始め那覇市からもたくさんの患者さんが来院されました。今では沖縄県北部地域の「脳とこころのエキスパートと機能を備えた専門病院」として定着しています。地域医療は、当院は精神病床、回復期リハビリテーション病床、療養病床の機能があり、回復期と慢性期を担い、精神科の急性期治療もおこなっています。精神科の単科病院に勤務されている先生の中には、複数の診療科を標榜する病院で勤務されることに不安をお持ちの方もいらっしゃると思いますが、患者さんが急変した場合や内科的な合併症が疑われた場合でも、安心できる医療体制と医療連携があります。
一般急性期病院の北部地区医師会病院、県立北部病院と医療連携して、スムーズな体制でカバーし合っています。北部地区は、コンパクトで総合的な医療機能を実現できる地域ではないでしょうか。

宮里病院で働く魅力を教えて下さい。

当院で働く魅力は大きく3つあります。
1つ目は、ベテラン医師と若手医師・研修医の精神科医のチームワークが良いことですね。
現在、精神科の研修医が3名在籍していますが、ベテランが若手をフォローしながら一緒に勉強会をおこない、認知症や総合的な精神医療の分野を広く学んでいます。毎週、簡単な事例を報告しあうなど、垣根のない雰囲気の良い医局です。
2つ目は、職員が非常に協力的で働きやすい環境があります。医師とコメディカルが、協力し合う雰囲気があり、チームワーク良く診療をおこなうことは重要と考えます。
3つ目は、福利厚生が充実していることです。これは全国でもトップクラスだと思います。
例えば、
・「スポーク・フィットネス」は、半額で会員利用ができます。
・「ペアーレ沖縄・タピック」のカルチャーセンターは、半額で会員利用ができます。
・「ユインチホテル南城」も半額で宿泊できます。天然温泉は無料で利用できます。
等々、医療法人とタピックグループの施設がお得に利用できる環境があります。また、タピックグループは、医療法人の2つの病院「宮里病院」「沖縄リハビリテーションセンター病院」、1つのクリニック「スポーククリニック」、介護老人保健施設「亀の里」、高齢者住宅「ラ・ペジーブル泡瀬」「ラ・ペジーブル名護」に加え、関連法人の一般企業「タピック沖縄 株式会社」「IRS国際リハビリテーションスポーツ振興協会」があり、1,000人以上もの職員が在籍しています。
そのタピックグループの職員と職員の家族が一緒になり、合同で4年に1回の運動会「タピックオリンピックフェスティバル(TOF)」をおこなっています。大運動会は、南城市のユンイチホテルのグランドでおこなっていますが、名護からは大型バスに乗って行きます。ゲストで芸能人も招き大いに盛り上がりますよ。
それから、合同の学術発表大会「タピックアカデミックフェスティバル(TAF)」もおこなっています。
関連施設の「東南植物楽園」や「屋我地ビーチ」などで楽しい企画とコラボレーションして交流を図っています。
タピックグループでは、いち病院の交流体験に留まらず、広がりのある交流と思い出に残る体験ができます。家族で移住される方にとっては、ご家族も充分に楽しめる魅力がタピックグループにあるのではないでしょうか。

沖縄県で働く上での魅力を教えてください。また、働く上で注意すべき点を教えてください。

働く魅力としましては、沖縄にはのんびりとした風土がありますので、全国の精神科や内科の先生で、もう少しゆったりと人間らしい生活を送りたいと考えている方には、とても素晴らしい環境だと思います。落ち着いた生活をしながら、のんびりした医療をされたい方にはお勧めですね。

注意すべき点は、最初に高齢者を診察した際に、方言で苦労されることがあるかもしれませんね。しかし、少しずつ単語を覚えれば大丈夫です。最近は方言しか話さない人はそんなにいませんので、心配ないでしょう。笑
ただ、沖縄県民はくちべたと言いますか、シャイな方や自分を表現することも苦手な方が比較的多くいらっしゃいます。精神科の患者さんでもそういった方がおられますが、優しく対応されるとコミュニケーションが取りやすくなるでしょう。

沖縄県での勤務と他県での勤務で、疾患や患者層など違いがありましたら教えてください。

沖縄の疾患や患者層の特徴としまして、アルコールに関連した障害、アルコールに関連した認知症の患者さんは、本土に比べて、少し多いような印象はあります。沖縄県は、飲酒に関連した交通違反なども比較的多く、飲酒した状況にある方に対して、やや甘い風土があるのではないかと思います。従いまして、病状が重症化してしまう場合があります。患者さんで、妄想状態の中にアルコールに関連した嫉妬妄想の方がおられることもありますので、背景にアルコールが隠れていないかを意識して対応されると良いですね。
また、生活習慣病の方も比較的多く、肥満の方も増えています。現状として、生活習慣病の指導に対して、真剣に取り組む人は少なくありません。精神障害者の方でも肥満の方が増えていますし、チーム医療として取り組むことが重要と考えます。これは沖縄にとって大きな課題ですね。

沖縄県ではこんな先生は活躍できる。逆にこんな先生はフィットしない医師像があれば教えてください。

沖縄の文化が好きな先生は、入りやすく溶け込みやすいと思いますので、活躍しやすいかもしれません。ダイビングが好きだとか、沖縄民謡が好きだとか、三線を習いたいとか、そういった気持ちで来られる先生は、すぐに溶け込めると思いますよ。しかし、必ずしもカチャーシー(沖縄民謡の演奏に合わせて、両手を頭上に挙げ、手首を回しながら左右に振る踊り)を踊れないといけない訳ではありません。笑
それほど、沖縄の文化に興味がなくても大丈夫です。沖縄の明るすぎる雰囲気に合わせなくてもよいと思います。大事なのは、自分なりに診療をしっかりこなせる方であれば、信頼されます。そういった方は、全国共通で活躍できるでしょう。フィットしない医師像としては、沖縄の特徴としまして上下関係が弱いことがあげられます。医師の世界で、本土は大学の教授、関連病院の院長などと階層的であり、特に伝統のある医学部が充実した地域では階層の特徴が強いと思います。しかし、沖縄は琉球大学の教授が一番だとか、開業医が偉いなどと言ったことはありません。これは、本土と沖縄では、医学部の歩みが違いますので、歴史が影響していると考えます。
本土では、大学医学部や公的病院などがあり、それから民間病院が発達してきた経緯があります。一方、沖縄では、大学医学部が無かった時代は、県立病院の医療が充実しており、長きに渡り県立病院出身の医師が医療を引っ張り、70年代に入って民間病院の医療が伸び、そして、最後に琉球大学医学部が創設されました。それ故、過去の沖縄は医者の養成が無く、医学部創設が遅かったため、本土の医学部で勉強して沖縄に戻って来た沖縄県出身の医師たちは、序列意識がなかったと考えられます。それで、沖縄では上下意識は強くなく、非常に柔らかいですね。良い意味で平等で垣根が低い特徴があるのではないでしょうか。従いまして、沖縄では階層を意識しない人が多いため、本土とはその価値観に温度差がありますので、非常に高いポジションにおられた先生は戸惑うかもしれませんね。また、著名な〇〇大学の教授をしていたと言われても良い印象は伝わらないと思います。階層を意識する方にとっては、これはが常識だとか、或いは全く分かっていないだとか、思う方もいるかもしれませんが、そのような意識を捨てて沖縄に入って来られると良いのではないでしょうか。また、沖縄は少しのんびり屋さんが多いのも特徴です。私は、本土で追い立てられて仕事をしてきましたので、沖縄に戻り琉球大学に勤めていた頃、のんびりしている医局員や論文の一つも書けない医局員などに対して、本土と同様の指導をして失敗したこともありました。その頃の私は、医局員から鬼軍曹に見えたと思いますよ。笑
欠点を指摘し過ぎたり、ゆったりしているのを遅いと言ったり、何でも急いで成し遂げようとしたり、あまりにもせっかちですと上手くいかない場合もありますので、お手柔らかに対応されるとよいでしょう。

沖縄県で暮らす上での魅力を教えて下さい。逆に暮らす上での大変さを教えてください。

沖縄は、やはり自然の豊かさが魅力ですね。海の綺麗さはもとより、意外と素晴らしい山もあるのです。当院の近くでは嘉津宇岳があり、当院の先生も登山をしています。沖縄の山は、標高500メートル以下の低い山ですが、それなりに楽しめますよ。中国の旅行者からは、沖縄の空気だけでも大好きだと聞くこともあります。四面が海に囲まれた海洋性気候の海風で、空気が循環された空と海の青さは素晴らしいですね。自然はそれぞれ好みもありますが、沖縄の自然は個性的で全国でも魅力のある地域だと思います。
そして、お祭りやイベントが多いですね。あっちこっちの小さな集落でもエイサーやハーリーがあり、競争して盛り上がっています。また、マラソン大会などのスポーツイベントも多くあります。人が集まって何かをするのが好きな方には、最高な島ではないでしょうか。
県民性はとてもフレンドリーです。学歴や地位もこだわりません。人と人、一対一の関係や繋がりを非常に大事にしますね。自分からオープンに心を開いていけば、心から受け入れてくれる県民性であると思います。暮らす上での大変さではなく、注意する点としまして、直射日光はけっこうきついですね。ビーチで肌をこんがり焼こうとすると火傷状態になることもあります。知らないうちに焼き過ぎることもあり危険です。絶対に丸裸にならないようにして下さいね。笑 透明で綺麗な海だと思って海水浴を楽しんでいてもシーズンによってはハブクラゲがいます。海を利用する際の最低限の知識は持っていた方がよいでしょう。
交通では、那覇市はモノレールがありますが、電車はありませんので車社会です。本土と比べても車の運転ができないと行きづらい地域はありますね。
台風に関しては、県民は日頃から台風への供えをしていますので、建物の損壊などの台風被害はほとんどありません。水害も少なく、防災に応じた仕組みがありますので、それほどの大変さはないでしょう。

最後に先生方へメッセージをお願いします。

転職をお考えの先生は、精神科医として自分に合う病院を探していらっしゃると思いますが、理念や方針はただ単に箇条書きで並べることはできます。しかし、重要なのはどのようなコンセプトで医療法人を運営しているかです。特に経営トップの創業者や理事長の考え方、どういう人と一緒に仕事をしたいと思っているのかなど、本音を理解して働くことが大切だと思います。

それで、私が特に重視していることは、まず初めに、先生方のやりたいことを応援します。
当院では、こんな医療がやりたい。こんな生活がしたいなど、先生方のやりたいことを相談できる環境があります。少々自分はこの分野が弱いだとか、ここの勉強が足りないだとか思っている先生でも、宮里病院は、優しい心を持っている。向上心を持っている。その2つをお持ちの先生であれば、当院に迎え一緒に勉強して成長して行きたいです。そして、チャレンジされたい分野がありましたら病院として応援します。また、当院にない分野もご相談に応じています。例えとしましては、
・新しい分野、或いは得意な分野をやりたい先生の場合、宮里病院は児童の分野をおこなっていませんが、ニーズ
はあります。そこで、その分野の研修に行き勉強をしたり、新しく外来診療をつくったりすることができます。
・リハビリの世界に触れたい先生の場合、同法人の沖縄リハビリテーションセンター病院で週1日の勤務ができ
勉強できます。
・自然医療に興味ある先生の場合、当グループの屋我地ビーチで自然医療をおこない発達障害の子供がいる親御
さんを対象に医療観光を展開することもできます。
等々、直ぐにはできないこともありますし、全てができないかもしれませんが、相談しながら極力形にしていきたいと思っています。また、私は理事長であり院長ですが、管理を任せられる院長を出来るだけ早く選任したいと思っています。

そして、今後も特徴と魅力のある医療法人にしていきます。具体的にどのような医療法人にしたいか、1つだけ挙げるとするならば、日本一の認知症医師研修センターにしたいと思っています。
現在、大学では認知症を得意とする研修センターはありますが、民間病院として、重度の認知症から、認知症の手前の軽度認知障害(MCI)、さらにその手前のまだ軽度認知障害と言えない不安を持った人たちに対するケアが、当法人が運営するスポーク・フィットネスセンターで、認知症になりにくい運動がおこなえます。運動習慣のない方が、運動習慣を身につければ、5~10年後には軽度認知障害になりにくく、まさに先制的な医療、予防のさらに前の予防段階の医療を含めて、認知症の取り組みに力を入れて行きたいと考えています。
さらに、精神科医が専門ではない先生方でも認知症の勉強をされたい場合は、当院には精神科の医師、あるいは精神科ではない認知症に関わっている内科や整形外科の医師が在籍していますので、当院の医師らと1週間や3日間など一緒に学べる研修プログラムをつくりたいと思っています。宮里病院に行けば認知症の研修が受けられる。宿泊研修の新しいスタイルで認知症の研修を担える病院にしたいと考えています。当院にはそれができる基盤があります。興味のある全国の先生方に来て頂き、沖縄を満喫しながら楽しく勉強できれば良いと思います。

冒頭で前述しましたが、私はずっと公務員のままで医者の人生を終えると思っていました。しかしながら、当法人がこのように展開してきたのは、自らの思いで始めたことではありません。地域から依頼されてやってきた訳ですね。沖縄リハビリテーションセンター病院は、区画整備事業の一環で総合病院構想がありましたが、医療計画ができて実現できなくなりました。そこで、沖縄市から私に相談があり、私は沖縄市出身でしたので依頼を引き受けました。スポーク・クリニックとスポーク・フィトネスは、名護市の施設ですが、当法人で是非、経営して欲しいと地元地域から依頼をされて、20年契約で運営をすることになりました。ユンイチホテル南城は、南城市からの依頼で運営することになりました。しかし、何故、医者がホテル経営をと申しますと、以前より沖縄はアジアとの交流の歴史があります。これからも海外との交流が盛んになりますし、医療も鎖国しないで広くオープンになっていくべきです。そこで、医療観光(医療ツーリズム)の拠点にしようとの考えで繋がっていきました。
医療と医療周辺の事業。そして、直接医療とは関係のない領域まで、医療と関係付けて展開することで、より医療が新しいかたちに発展させたいと思い取り組んできました。そうすると、いつの間にかここまで増えてしまったと言うことです。とんでもないことになりました。笑 宮里病院から始まり早や27年目になりました。25周年を記念して「タピックの新医療革命」の本を昨年12月に出版しました。歴史、考えの全てが書かれています。ご興味のある方は、那覇市のパレットくもじにて購入できますよ。笑

沖縄の地域の要望に応えたい。新しい医療つくり発展させたい。そのような考えや歴史があり、これまで進んできました。最終的に大事なのはやはり人です。お互い人と人との関係が大事です。人と人との関係で共に成長していきたいと思っています。そのような考えに賛同して頂ける先生をお待ちしております。

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